ブラザーを歴史する

ブラザー資料室 Brother Library

ブラザーを歴史する

こんにちは。ブラザーの広報担当の河井です。

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ここではミシンの会社として創業したブラザーが、どのような変遷を経て現在のような情報通信機器メーカーになったのか?このブログを読んでいただいているみなさんにお伝えしていきたいと思います。教科書には載っていない歴史の話としてご覧いただければ幸いです。


ブラザーという社名の由来


まず、社名の「ブラザー」。もともとは社名ではなく、開発第1号のミシンのブランド名として採用されたんです。でもこの「ブラザー」、ひょっとしたら「シスター」になっていたかもしれないんですよ。


昭和初期、「輸入産業を輸出産業にする」という志のもと、名古屋でミシンの国産化に成功した創業者たちは、“ミシンは主に女性が使う道具”だということから、女性を連想させる「シスター」というブランド名を考えたそうです。また人づてに聞いた話なので確かではないんですが、当時世界のミシン市場ではアメリカの「シンガー」社が非常に大きなシェアを誇っていたこともあって…、


創業者たち:『シスターとシンガー。なんとなくゴロも似てるし・・・イイネ!!』


と言ったとか言わなかったとか・・・。


でもこの「シスター」、残念ながら既に商標登録されていたんです。仕方がないので、何か別の名前を考えないといけません。それなら


『(創業者の)兄弟たちが力を合わせて作ったミシンだから・・・、ブラザーで。』


ということで、晴れて「シスター」ではなく、「ブラザー」ブランドのミシンが誕生したのです。そんな決め方でいいの? と呆れられてしまいそうですが…。それが1928年、昭和3年のことでした。

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初のブラザーブランドミシン(麦藁帽子製造用のミシン)

ミシン上部に『BROTHER MACHINE』の文字が見えます。

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1930年頃の本社工場の様子

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当時のミシン製造工程の様子


そしてこのミシンを発端として、ブラザーはその後様々な精密機器をつくりだして、プリンタ複合機といった情報通信機器メーカーへと変遷していったんです。


多角化の時代


ミシンの開発に成功した後、ブラザーは技術の応用によって事業の多角化を図っていきます。今日はそのあたりを。


ブラザーはミシンで培ったプレス加工技術や自社開発のモーターを活用して、まずは編機(1954年)を。

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そしてなんと洗濯機(1954年)・・・、

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注)写真は1966年の洗濯機です。


扇風機(1956年)・・・、

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電子レンジ(1973年)

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注)写真は1985年のオーブンレンジです。


と次々に家電製品の生産に乗り出したんです。これらはミシンと同じく、主に女性を意識した製品ですね。女性の社会進出の拡大に合わせて、家事の負担軽減が豊かな生活につながると考えてのことだったのでしょう。


また、精密加工技術を駆使してオートバイの開発(1950年代)も行っていたんです。その名も「ダーリン号」。ブラザーという名前の決め方といい、このダーリン号といい、ネーミングセンスについては、社員である我々も突っ込みをいれたくなりますね。

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ダーリン号は少数ですが実際に販売もしていました。もしそのまま生産を続けていたら、ひょっとして今頃ブラザーはバイクメーカーになっていたかもしれませんね。でも事業戦略上の理由のほか、生産ラインが伊勢湾台風によって水没してしまったという悲しい出来事もあって、結局オートバイからは撤退を余儀なくされました。こんなことがあった後、ブラザーの航路は大きく変化していったんです。


事務機器に進出


1961年、米国市場でタイプライターの需要が高まっていることを受けて、ブラザーはポータブルタイプライターを開発。事務機器分野への参入を果たしました。

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タイプライターの開発では活字の製作にものすごく苦労しましたが、木型に水で練った米粉を手で押し込んでつくる「ひなもち」というものをヒントにし、活字を生産するためのコイニングプレス機まで自社で開発。

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やっとのことで完成させたそうです。タイプライターは欧米向けの輸出が中心で、ついにはロサンゼルスオリンピックのオフィシャルサプライヤーとなったこともあって、タイプライターのNo.1ブランドとして認知されていったのです。


ふぅ。少しずつですが、ブラザーがプリンタをはじめとする情報通信機器メーカーになる匂いがしてきましたね。




プリンタの生産へ


1970年代に入ると、ブラザーはドットプリンタやコンピュータのキーボード、1980年代にはサーマルプリンタやラベルライターレーザープリンタファクスなどを次々と発売していきます。欧米ではタイプライターで築いたブランド力を活かしてこれらの商品の販売を着実に伸ばしていき、既に1980年代半ばには、情報通信機器の売上がミシンを上回っていったのです。


欧米市場では順調に成長していったブラザーだったんですが、日本ではどうだったのかと言うと・・・_| ̄|○


ミシン以外の主力製品がなかなか育たなかったという結果が、今も変わらぬ「ミシンのブラザー」というイメージになっているのではないかと思います。と言っても、ただ手をこまねいていたわけじゃないんですよ。実に様々な商品の開発を手がけ、日本市場向けに発売しました。


1984年に発売した「ピコワード」は、国内では初めてとなる個人向けの日本語ワープロでした。

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10万円を切る当時としては驚異的な価格を実現し、ワープロを身近なものにしたということで大好評だった・・・んですが、すぐに大手事務機器メーカーさんの大攻勢が始まり、…やむなく撤退となりました。


1986年に開発した世界初のパソコンソフト自動販売機「TAKERU」というのは非常にユニークなしくみでした。


パソコンショップ等にこの「TAKERU」を設置し、ISDN回線によってホストコンピュータと接続します。そして、パソコンのゲームソフトなどのデータをその回線を使って「TAKERU」に配信し、その場でフロッピーディスクやROMに書き込んで販売するというものです。言ってみればパソコンソフトのダウンロード販売です。これを今から20年近く前に実現したんですから、当時としては非常に画期的なシステムでした。が・・・あまりにも画期的すぎて、これも大失敗に終わりました。

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当時の通信コストが現在とは比べようもないほど高く、ある時など1,000万円を売り上げるのに1,400万円もの通信コストがかかってしまってたなんて、...


でも「失敗は成功のもと」。


この画期的なビジネスモデルをブラザーにもたらしたTAKERUが、後の通信カラオケ「JOYSOUND」を生み出したんです。パソコンソフトに変わり、今度は電話回線を使って、カラオケの楽曲を配信したんですね。発想の転換でした。

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そしてその後、またしてもその発想をヒントに、携帯電話向けの着メロサービス「ポケメロJOYSOUND」が誕生したんですね。*1

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カラオケ、携帯の着メロとコンテンツの形を変えて、TAKERUの技術とビジネスモデルは今も受け継がれているんですよ。



現在のブラザー


現在、ブラザーグループの売上のうち、約60%を占めるのがプリンタ等の情報通信機器なんです。実は創業のミシン事業は、家庭用、工業用を合わせても15%を切ってしまっているんですね。そして情報通信機器の中でもプリンタと並んで大きな割合を占めるのがデジタル複合機と呼ばれるこんなものなんですが...皆さん複合機ってご存知です?

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こんな感じで、コピープリンタファクスなどの機能が一台に搭載されているものなんですね。場所を取らず、多機能なので、ブラザーではマルチファンクションセンター(MFC)などと呼んでます。 


開発秘話を紐解くと・・・


当時の開発の偉い人:『プリンタやコピーやスキャナーやファクスを別々に使っているから場所が狭いんだ。ぜ~んぶ1台に搭載して、デスクサイドにも置けちゃうサイズにすれば省スペースだし、合体させてしまえー!』


と気合で(?)作ったのが複合機の始まりだそうです。(1995年)


開発に携わったM沢さんにお話を聞くと・・・


M沢:『当時、大型機はあったけど、SOHO*2やご家庭でもお使いいただける複合機は、ブラザーが世界で初めて開発した・・・筈・・・だと思う。・・・きっと。』


先駆けの企業だけあって、ブラザーは今ではモノクロレーザータイプのデジタル複合機&ファクスに関しては、欧米ではトップクラスのシェアなんですよ。


ブラザーの歴史まとめ


さてさて、こうやってブラザーはミシンを端緒に、


  • 高値の花だったワープロを一般の消費者の方々にも手が届くものへ
  • 大型で業務用というのが当たり前だった複合機を、SOHOやご家庭でもお使いいただけるよう、(たぶん)世界一早く開発し、
  • 高価で大型というのが常だったレーザープリンタを、HL-2040のようにSOHOやご家庭のお客様にも喜んでいただけるコンパクトサイズに

と、皆様に喜んでいただけることを目指して、海外を中心に情報通信機器メーカーへと変遷してきました。


今後のブラザーの取り組み


しかし日本では・・・


『 (ブラザーは)・・・外資系かと思ってました。(略)・・・ 知らなかったなぁ。』


と、お客様に言われてしまうことも多々。無理もありません。ブラザーグループの売上は今日でも海外が大半を占めているんです。売り上げの70%以上は海外ですから。過去を振り返れば日本ではワープロやパソコンソフト自動販売機といった新規事業に積極的にチャレンジしたんですが、なかなか上手くいかなかったんですね。_| ̄|○


でも今後はもっともっと日本のお客様にもご満足いただけるよう、At your sideな情報通信機器の会社を目指して、皆様から頂いたトラックバックをもとに、社員一同勉強させていただきます。




編集日:2006年10月23日

このトピックは2005年6月1日、3日、6日、7日のブラザー社員のブログを再編集したものです。

*1:カラオケ、着メロサービスは関連会社のエクシングが運営しています

*2:Small Office Home Officeのことです。